糖尿病網膜症
糖尿病網膜症とは?
糖尿病になった方の目の中に起こってくる病気のひとつです。糖尿病のために目の中にある血管に異常がでてきて、血管が膨れたり、閉塞したり、破れたりするために、網膜や硝子体などに異常が出てきます。
初期の頃には全く自覚症状がありませんので、糖尿病と診断されたら、定期的に眼科で精密検査を受ける事が必要です。内科で写真を撮ってもらっているから大丈夫という事はいえませんので、やはり、眼科での検査も必要です。
網膜症が進行してくると、網膜に浮腫をおこしたり、硝子体中に出血したりして、視力が低下してきます。自覚的に見えにくくなってきた頃には、網膜症はかなり進行してしまっている事が多く、治療が困難である事も少なくありません。1度かなり悪くなってしまった網膜や網膜血管は、2度と元通りの状態に戻す事はできないのです。
現在成人の失明の原因の第2位は、糖尿病性網膜症(第1位は緑内障)です。将来失明しないためにも、糖尿病と診断されたら早めに眼科を受診し、指示された再来間隔で定期検査を受ける事が重要です。
糖尿病網膜症には、様々な分類の方法があります。ここでは、一般の方々にも理解しやすい分類を使って、網膜症の進行をご説明致します。
糖尿病網膜症、網膜出血が散在している
糖尿病網膜症が進行して出血に加えて新生血管もある
網膜光凝固術後(レーザー手術後)
黄斑浮腫
抗VEGF抗体を注射して黄斑浮腫が減少した
糖尿病網膜症の分類
(1)単純網膜症
糖尿病になって10年くらい経つと、糖尿病のコントロールの具合によっては、目の中の網膜に、毛細血管瘤や点状及び斑状の出血や硬性白斑、軟性白斑などが出現してきます。
まだこの時期には、自覚症状に乏しく患者さんご本人が、ご自分で判断する事はできません。
また、糖尿病性網膜症でも特殊なタイプの方は、眼底周辺部の血管の閉塞や点状出血からはじまる事があり、この場合は、内科で眼底写真を撮っていて写真では大丈夫でも、本当は網膜出血が隠れていたという事になります。(眼底写真では、眼底のごく限られた部分の写真を撮ってみているにすぎないのです。)
(2)前増殖網膜症
糖尿病になって期間が長くなったり、コントロールの状況がよくないと、 網膜血管の閉塞が強くなってきます。この結果、網膜に酸素や栄養が十分に供給されなくなるために、網膜の機能が低下してきます。
眼底検査をした際に軟性白斑と呼ばれる、見ためがふんわりと柔らかい感じのする白斑がみられると、この虚血が起こっていると推測されます。
虚血が起こっているかどうか、そしてどのくらいの範囲に虚血が起こっているのかを判断するためには、蛍光色素や特殊な薬品を用いて眼底造影検査を行います。
但し、全身状態の悪い方や、腎機能の悪い方、これらの薬剤にアレルギー反応を示す方などでは、この造影検査ができない場合があります。
(3)増殖性網膜症
前述した血管の閉塞が進行してある期間経過すると、目の中に酸素などが不足しているよと言うサインを出す物質がでてきて、網膜内に、或いは、網膜から硝子体中に向かって血管新生が起こってきます。
役に立つ血管がはえてきて、血行がよくなるのならよいのですが、残念ながらこれらの血管は、血行をよくするのには役立ちません。しかも、正常な血管とは構造が異なる事が多いために、破れやすくて重篤な出血を起こしてきたり、血管の内容物が外へ染み出して浮腫を起こしたりします。
このような新生血管がでてくると、新生血管が破れて起こる硝子体出血や、網膜に出てきた増殖膜が硝子体に引っ張られて網膜が剥離する牽引性網膜剥離のために高度な視力低下をきたしてきます。
硝子体出血や牽引性網膜剥離の段階になると元通りの健康な網膜に戻す事はできません。
網膜の機能をなるべく改善すべくいろいろな保存的、外科的治療が研究開発されてきてはいますが、いろいろな手を尽くしてもどうしても悪化してしまう事もありえます。
手術はきれいにできたけれど、患者さんの目の将来が心配で眠れない夜を過ごす眼科医がいます。
まして、このような状態になった患者さんの思いは、(実際なってみないと本当には分からないのではありましょうが...)いかばかりでしょうか...。
見えなくなるのなら死んだ方がましだ!とおっしゃる患者さんを前にして、一瞬言葉に詰まって目がうるうるしてくるのを我慢して、今後のよりよい方法を説明している時の眼科医もとてもつらい気持ちなのです。
お互いにこのような気持ちにならないで済むよう、 糖尿病と診断されたら、 早く眼科で精密検査 を受けて下さい。そして、 指示された再来間隔で、定期検査を受けていて下さい。
糖尿病では、糖尿病網膜症の他にはどんな目の病気が起こるの?
(1)眼瞼下垂、外眼筋麻痺
まぶたや目を動かす神経の異常が起こって瞼が下がって指であげないと上がらないとか物が二重に見えるといった症状が出てきます。血糖のコントロールが悪い時期に起こりやすく、きちんとコントロールされてくると、3ヶ月ほどで改善してくる事が多いようです。
(2)併発白内障
水晶体に混濁が起こってきて白内障になります。若い方では、20歳くらいでも白内障の手術が必要になる方もいらっしゃいます。
(3)血管新生緑内障
網膜症同様血管の異常、特に閉塞が起こる事によって、目の中の虹彩や隅角などに血管新生が起こって、眼圧が上昇してきて、緑内障になります。この新生血管は役に立ついい血管ではなく、いろいろな悪さをするために、多くの眼科医は(少なくとも私は)、糖尿病の方の目の中に新生血管を見つけると少なからず落胆します。
(4)虚血性視神経症
視神経に酸素や栄養などを供給している毛細血管に閉塞が起こってくるために視神経が萎縮してきます。視野狭窄や視力低下、色覚の異常などを自覚するようになります。いろいろ手を尽くして治療しても、矯正した(眼鏡をかけても、という事です)視力が、0.02位まで低下する事はまれではありません。
この他にも種々の合併症があります。
糖尿病網膜症の自覚症状
初期には自覚症状はほとんどありません。見えにくい、黒いすすのようなものが見える、視野の一部が欠けて見えるなどの自覚症状が出てきた頃にはかなり進行している事が多いのです。
糖尿病網膜症の治療法
網膜症がごく軽度の頃には、眼科医が直接手を下すような治療は必要ありません。内科医の指示に従って糖尿病のコントロール改善、良好な状態の維持に心がけて下さい。
網膜症の進行に応じて、いろいろな検査が必要になってきます。この結果をみて、程度に応じて、止血薬や血行改善薬、出血の吸収を助ける薬などの服用が必要となってきます。
また、血管が閉塞した部位が出現してきたら、レーザーによる網膜光凝固という治療が必要です。これによって、新生血管が出てくるのを予防したり、既に出てしまった新生血管から出血するのを予防したりするのです。網膜症の時期によっては、新生血管が消退してしまうこともあります。
この網膜光凝固術は、網膜症がそれ以上進行するのを予防する治療です。もちろん、網膜の出血や浮腫がひいてきて、視力が上がったり、明るくなったりする方もいらっしゃいますが、出血や浮腫、新生血管が消えてきて、眼底の所見がとてもよくなっていても、自覚症状は全く変わらなかったり、治療前よりも悪化するケースさえありうるのです。
症状がより重くなってから治療を開始する程、このように治療後かえって見えなくなる確率が高くなります。
しかし、こういった方は、治療しないと確実にもっと悪くなって失明してしまう確率も非常に高いのです。長い目で見ると、網膜光凝固術は絶対に必要な治療なのです。
光凝固治療をすると目がもとのように治ると思ってしまう方がいらっしゃいます。何度詳しくご説明しても、光凝固の治療をいざ始めようという時に、これを受ければよく見えるようになるんですよね、とおっしゃる方がいらっしゃいます。すぐに別の眼科に移ってしまって、そこではしなくていいといわれた、あんたは間違ってると言ってくる方があります。
治ると思いたいのでしょう。その気持ちは充分すぎるくらい分かりますし、眼科医だって治せると思いたいのです。でも、今の医学ではまだ治せないものもあるのです。進行を止める事すら全くできない病気もあります。その事を理解して頂きたいのです。その上で病気に立ち向かっていって欲しいのです。
幸い糖尿病性網膜症には光凝固術と言う病気の進行をくい止める可能性の強い治療方法があります。適切な時期に適切な治療を受ける時期を逃さないで下さい。
レーザー治療を始める時期については、眼科医個々で多少考え方が違う事があります。皆それぞれに自分の勉強した知識や治療経験に基づいて判断しているので、どれが正しいとははっきり言えない事もあります。
以前はなかなか治ることのなかった糖尿病性黄斑浮腫にVEGF薬剤やステロイドホルモン剤の眼への注射や硝子体手術が有効であることがわかり、行われるようになりました。
これらの薬剤の眼への注射や硝子体手術の時期や適応、結果についても、前述した光凝固術と同じことが言えます。
また、硝子体出血、牽引性網膜剥離を起こしてきた目には硝子体手術が必要な事があります。
最近では、硝子体手術の時期や適応、結果についても、前述した光凝固術と同じ事がいえます。
大切なのは、自覚症状の無い早い時期から定期検査を受け、眼底に異常が出てきたら、早期に適切な治療を始め、きちんと定期検査や治療を継続してゆく事です。内科の医師の指示に従ってきちんとコントロールして行く事は基本です。
糖尿病は一度診断されたら、ほとんどの方は一生糖尿病から逃れる事はできません。糖尿病について勉強して、きちんとした知識を身につけ、ご自分でも上手に糖尿病とおつきあいしていって下さい。
糖尿病網膜症の病状についての見通し
血糖のコントロール状況によって大きく違ってきます。HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)という血糖のコントロール状況をみてゆくのに大切な検査項目があります。
この値が7%未満である事が望ましいといわれています。数値が大きいほど将来は暗くなります。また、血糖が急速に上がったり急速に下がったりすることもよくありません 。
糖尿病と初めて言われた方、またはずっといい加減なコントロール状況だったのになにかのきっかけで急にコントロールしようと思いたった方によくあるのですが、今までとても高かった血糖値を急に短期間で下げてしまうと、網膜症が急速に進行したり、視神経が急に萎縮したりする事があります。血糖がとても高いのを下げて行く時にはスローペースの方がいいのです。内科の先生の指示に従って下さい。